原 敬 記念館(盛岡市本宮) 平民宰相と言われた人

”盛岡市出身の第10代内閣総理大臣”  

盛岡に住むようになって つくづく思う事がある
岩手には 何てたくさんの偉人が居ることだろう

このことは 以前先人記念館に行った折に
岩手県出身の著名人に関する あふれんばかりの展示物に
出会ったときにも 感心してしまったことの一つだ

啄木や賢治はもちろんのこと 東北地方で
歴代総理大臣を 4人も輩出しているのは ここ岩手県だけである
いや 総理大臣自体 東北からは岩手県からしか出ていない

総理大臣がどうの・・・と言うつもりはないけれど
同じ東北の 他県出身の私から見れば
これはこれで すごいことだと思う

さて その4人の中の 一番最初の総理
そして 日本で最初の平民宰相と言われ
初めて 本格的な政党内閣を組織したというのが
はらけいとも呼ばれる 原敬(はら たかし)その人である
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同市内にある先人記念館へは 大分前に行ったのだが
原敬記念館へは まだ行ってない事が
とても気になっていて 先週土曜に やっとその機会を得た
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展示物を観ることに夢中で 時間もかかり
外観の写真などが少ないので
戴いてきた パンフレットの写真も お借りすることにする

記念館に入る前に目についたのが この碑だ
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宝積(ほうじゃく)=人に尽くして 見返りを求めない
原敬の 座右の銘とある
この二文字をまず心にとめて 記念館に入った

中は 上のパンフの写真の様に ゆかりの品や自筆の書などが
当時のままの形で 展示されている

これは 彼が 東京の自宅に合った日記や書類の大半を
故郷の盛岡に送って保存していたからで
下の頑丈な煉瓦作りの蔵に 保管されていたとのこと
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元は 盛岡市の中心 現在の七十七銀行のある場所にあったこの蔵と
鎌倉の家にあった右の写真の書斎は 今は記念館の中庭に移設されている

また 15歳まで過ごした生家の一部は 記念館前に残っていて
生家のあったところに 記念館を作ったと言うのが正しい

記念館をみてから 生家を観ようと考えているうちに
いつの間にか 一時間以上の時間が経過して 4時過ぎ・・

先刻 原敬の生い立ちについて説明して下さった学芸員の方から
生家の方は 御覧になりましたか?と声を掛けられ
あわてて記念館を出て 生家へ・・
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どうやら 生家の開館時間は4時までらしく
その方が 鍵を持ちながら 生家を案内して下さった
この時間記念館への来場者は 他に一組だけだったことは
私たちにとっては 幸いだったようだ

実際の生家は 現在の建物のおよそ5倍以上の広さ
それもそのはず 彼の祖父にあたる直記は 盛岡藩の家老だった人で
使用人も多く たくさんの部屋があったようだ

ここで はて 原敬は平民のはず・・と思ったが
彼は 7人兄弟の4番目で 19歳の時に 平民として分家を設立している

15歳で 戊辰戦争の屈辱を秘めて上京し 紆余曲折の末
一国の総理大臣にまでなった彼の努力は 言うまでもないことである

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上の左は 祖父の部屋で、庭の眺められる 一番良い場所にあったようだ
そして おじいちゃんっ子だった敬は この部屋で
祖父から色々な話しを聴いて 成長したという

平民とはいえ もともとは家老の孫にあたる人
やはりサラブレットの 家系だったのだと思った

多くの政府の役職につき 時の総理伊藤博文に認められて
29歳の若さで パリ公使も勤め
高等教育機関や鉄道網の整備にも 尽力した原は
総理在職中に 65歳にして
東京駅で 一青年によって 暗殺されたことは よく知られている事実だ

彼の遺言で 遺体は盛岡に運ばれ
たくさんの 故郷の人々に見守られながら 大慈寺に埋葬された
その墓石には 最後まで平民であった彼の遺言通り
ただ 原敬の墓 と書いてあるだけである

また19歳から65歳で暗殺されるその日まで 書き綴った日記
書籍としても出版され 学術上の貴重な文献になっていることも
今回 記念館を訪れることで 初めて知った



この記念館の展示を観ているうちに 考えたことがある

原敬が第10代総理大臣になるまでの9人の歴代総理のうち
佐賀県出身の5代大隈重信と 7代京都の西園寺公望以外 
伊藤博文初め 何と7人が薩摩と長州の出身者だ

人々の心から まだ戊辰戦争の記憶の消えないこの時期に
会津藩と共に 最後まで幕府につかえようとした
盛岡藩出身の原敬が 総理大臣になって政党内閣を実践したことは

単に 平民宰相としてばかりでなく
本当の意味での 新しい時代の政治の
第一歩として 大きな意義があったのではないだろうか


記念館などに行くと いつも展示物や文書が多くて
全部は読む事が出来ないのが 残念でなりません

世に尽くしてきた 1人の人間の生きてきた歴史を知るということは 
何て心動かされることなのでしょう・・

御親切に 案内して下さった 記念館の職員の方有難うございました
そして 個人的な感想も多いこの文を最後まで読んで下さった方 有難うございます。
他にも 県内の記念館などのレポがありますので 宜しければ ご覧下さい
  




いつも御覧頂いて有難うございます
 ↓ 宜しくお願いいたします m(__)m

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Commented by pecancaramel at 2013-09-03 15:49
東北では総理大臣というと岩手ですね。

岩手出身の総理のおかげで
盛岡まで開業した新幹線。
あの時、仙台までの開業でしたら、
まだ新青森まで延伸していなかったかもしれないですね。
Commented by sarasunanikki-yk at 2013-09-03 16:52
pecancaramelさん
新幹線については 新潟もそうでしたね。

岩手に住んでみて 色んなことに感心しますが
これを機会に 他の県や 何より出身県の事ももう少し
知らないと・・・と 反省してます^^; 
Commented by bbex162546 at 2014-09-30 03:03
saraさん今晩は
以前もお話ししましたが、私自身よく地元を理解していませんでしたし、
施設や遺構も、ほとんど訪ねたことがありませんでした。
saraさんのブログを拝見して、そのきっかけになり原敬記念館を訪ねる
ことにもなりました。

8月最初に訪ねた時の原敬記念館では、中に入らず外回りをぐるぐると
廻り写真を撮っていました。
相変わらずですが、いかにも怪しげな雰囲気だったのでしょう、「どちら
様ですか、何をなさっていますか」と声をかけられ「とても気に入ったの
で写真を撮らせてもらっています。」というのがキッカケで展示コーナー
の案内をしていただきました。

それで今回の展示に至りましたが、決して個展などというものではあり
ません。自己満足的な写真を、厚かましくも展示させていただいており、
冷や汗タラタラの感じです。
館長さんを始め職員の方々も、拙い写真にも拘わらず、ご対応いただ
いてることに感謝しております。
又キッカケを頂いたsaraさんには、とてもとても感謝しています。

あらためてsaraさんの盛岡時代のブログ拝見すると、生き生き感が伝
わってきますね^^

長くなりましたが、改めて今後ともどうぞよろしくお願いします。
Commented by sarasunanikki-yk at 2014-09-30 13:15
三友写真部さん
こんにちは^^
こちらの方まで読んで戴いて、有難うございます。
記念館などに伺うと その人の人生や功績などに
改めて感激してしまい、ついつい自分本位な解釈で
勝手に感想を書いてしまっています。
そんなブログの記事でも 三友さんが地元を撮影される
きっかけになることができたのでしたら、本当にうれしいことです。

地元のことって 案外知らなかったり、ある程度知っているので
それ以上知ろうとしなかったりしますよね。
私も盛岡に住んだからこそ、岩手に興味を持ち
あちこち行くことができたので、郡山に居ると
忙しさを理由に、地元のことすらなかなか紹介できない毎日です。
今後は 三友さんを見習って、盛岡に居た頃の気持ちを思い出して
またあちこち出かけたいと思っております。
こちらこそ よろしくお願いします(*^_^*)
by sarasunanikki-yk | 2013-09-02 12:28 | ◇文学館・記念館・ 本・詩歌など | Trackback | Comments(4)