太宰の生家から、駅のほうに向かって少し歩くと

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疎開の家があります
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数年前までは、呉服屋さんが使っていたという建物は
今は太宰関係の書物やはがきなど
土産品も扱う店になっています

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ちなみに、あの又吉さんは、何度もいらしているとか・・




その一角に、疎開の家の入口があります

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こちらでは、案内してくださる方がいて
私たち二人の他に、もう一人、関東地方から来られた
やはり太宰ファンの方と、三人一緒に案内していただき

太宰にまつわる、本当に詳しくて楽しいお話を
聴くことができました

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初めて聴くエピソードや、交友関係なども
とても興味深く、感動的でした。
この家の入口は、上の写真のようになっていますが
内側から入るようになっているので、見ることはできませんでした。




中は洋室をはじめ、和室が4室
廊下も広く、贅沢な造りになっていました

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昭和20年7月末、妻子を連れて津軽の生家に疎開し
終戦後は、この離れに暮らし、1年3か月あまりのうちに
23の著作を執筆しました
文壇登場後の太宰の居宅として、唯一現存する邸宅です




"故郷"には昭和17年、病床の母を今井に行った顛末が書かれ
"津軽"には旅行で昭和19年訪れていますが
疎開したのは、その後のことということになります

そして終戦後、再び上京し"斜陽"、"桜桃"、"人間失格"など多数の作品を
書きますが、このころから体調を崩し始めたようです



右の窓下は、作り付けのソファーです
そして左のドアの右側には

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太宰が飲んだり、来客に出したウイスキー専用の棚で
扉を開けると、奥行きの浅い棚があります

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ガラスの向こうはサンルームです

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"あがりたまえ"(^-^)

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奥が執筆していた部屋
手前は、疎開する前に母を見舞いに来た折
母が寝ていたという部屋だそうです

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生家の文庫蔵の隣にあった離れは
下の図のような位置にありました

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後年引き家され、現在は90メートルほど東にあります
それにしても、広い敷地です

一番広い時期で、庭や周辺を含めて役3ヘクタールの土地を
有していたとのことです



20分近くお話を聞いて、そのあとは太宰が座っていたという
この部屋の、この場所で、少しだけ作家気分~♫
でも、ほんとはちょっと恐れ多くて、もったいない気がしました

暖房はついてないので、すっごく寒くて
コートも脱がず、太宰さんと太宰ファンの方、すみません

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御一緒したもうお一人が、写して下さいました。
火鉢は、太宰が使った時のままの物だそうです

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今回、学生時代から好きだった太宰治の故郷に再来し
この新座敷を訪れることができたことは

太宰について、また新たな思いをもつきっかけとなり
もう一度作品を読み直してみたい気持ちにもなりました


この後は駅まで行って、リゾート白神という電車にのります




学問なんて、覚えると同時に忘れてしまってもいいものなんだ。
けれども、全部忘れてしまっても
その勉強の訓練の底に一つかみの砂金が残っているものだ。
これだ。これが貴いのだ。勉強しなければいかん。
(正義と微笑より)


笑われて 笑われて つよくなる
(HUMAN LOSTより)






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by sarasunanikki-yk | 2016-01-27 11:13 | ▽青森県 | Trackback | Comments(2)